清原選手のデビュー戦・初ホームランを見た日

おはようございます、3連投のGでございます。

今日はどの記事をアップするか、色々と予定もしてましたが、
ここのところ仕事で書けなかった記事もある事ですし、
9月から10月にかけて色々な事がありましたし、
外出予定も雨がやむまで待たないといけませんし、
安藤達己監督のブログ具体的には書きませんでしたけど
予告をした記事に変更します。

まあ、Gの思い出話ですよ。

今年に入ってプロ野球界やメジャーリーグを引っ張ってきた
桑田真澄投手、清原和博選手、野茂英雄投手などの選手が引退を決め
ソフトバンクの王監督もユニフォームを脱いだ
わけで

最近だと桑田投手は9月23日にGの比較的近所の越谷市民球場で
欽ちゃんと引退試合
をしまして1万人もの観客を集め
欽ちゃんを三球三振の勝負を見せ
ましたし
いかにも彼らしい引退試合ですね)

清原選手は10月1日に長淵剛さんも駆けつけた4番DHでの引退試合を行い
それ以前の古巣・西武との最終戦で西武ナインから胴上げ、
清原の西武時代の背番号3を背負う中島選手から
ユニフォームも着せて
もらいました。
西武もなかなか粋な事をする

Gも色んなプロ野球の試合は球場で観ており
観てきた試合の中には

巨人・篠塚選手のヤクルトとの開幕試合の疑惑のホームラン
危険球の多さによる
巨人・グラッデン選手とヤクルト・中西捕手の乱闘、
中日・小松投手の100勝を飾った試合
など


ハプニングに遭遇した事も多々あります。

4年前に亡くなったGの伯父が東京球場での巨人VS阪神で
巨人時代のジャイアント馬場さんが
敗戦処理で投げてたのを観た
のには負けますが。


でも、最初から計画して観に行った試合があります。

それが清原選手の公式戦デビューの試合でした。
1986年4月5日、西武ライオンズ球場にて行われた
南海ホークスとの開幕2戦目のデーゲーム
でしたね。


それにしても探すとその時の試合もネットであるもんなんですね。
Youtubeの投稿テスト以来久々になりますが。


◎西武時代の清原選手ホームラン集(再編集版だそうです)◎



一番最初に少し出てくるのが清原デビュー戦の第2打席です。

この前年の1985年まで甲子園はPL学園の清原・桑田の
いわゆるKKの凄さに沸いておりました。

(これがYKKだと話が違ってしまうが

野球経験があり当時は少年野球チームコーチだった父も
毎年、甲子園は見ているとはいえ「これは凄いぞ」とTVを観ておりました。

85年のドラフトで早稲田大学への進学志望だった桑田が巨人へ

(桑田も巨人へ行きたかったのだが清原に遠慮してしまったのが真相だそうですが)
巨人志望だった清原は西武へと行く事がほぼ決まりました。
(清原にしてみれば青天の霹靂でしょうが)

あの清原が埼玉に来る!

当時ようやく同級生からプロ野球を教えてもらったGでも
凄い事になった、と思っていました。

巨人戦は当時プラチナチケット
でしたが(まして開幕戦となれば)
西武戦だったら遠いですけどチケットはキープできるかもしれない。

父もそう思ったでしょうし
「清原はこれから凄いバッターになる」と言って
新宿まで出て父とGと当時野球をしてた弟の3人分のチケットを買いに行きました。
父は土日は休みでしたから4月5日のチケットを購入する事
にしたようです。

そして4月5日当日。色々と電車を乗り継いで西武ライオンズ球場へ。
開幕2戦目で相手は南海ホークス
でした。
Gは今でこそ南海ホークスのユニフォームは味があっていいと思いますが
当時は緑色のユニフォームにどうしても馴染めず
12球団中、一番嫌いな球団と思ってました。
当時のGはその程度のプロ野球感覚しかなかったようにも思います。

だから清原が出て前日の開幕戦のように南海に打ち勝って欲しいと思ってました。
(前日の開幕戦には清原の出場機会なしで西武は勝利してたのです)

記憶では先発投手は西武・渡辺久信、南海・藤本修二(藤ニャン、ニャンコですね)。

この試合での藤ニャンの調子は非常に良くコントロールも決まり
西武打線はほぼ沈黙といってもいい状態。

遂に西武ベンチは清原を途中から起用します。

公式戦デビューです!
練習風景でも写真を撮るために内野席だった事から
最前列の方まで行きまして撮影
しましたけど
打順が回ってネクストバッターサークルにいる清原を
また写真に撮ろうとして内野席最前列まで行って
練習の時含め小さいながらも撮る事ができました。

いやー、感動しましたね。
今でも実家のアルバムに写真あるんじゃないかな?

1打席目は四球だったと思います。

で、完投ペースの藤ニャンに西武の敗色濃厚となった9回裏
2打席目の清原は
初ホームランを打ったんですよね!

せっかくデビュー戦を観に来たのに、と気分がモヤモヤしてただけに
これはGもいい記念になりましたよ!

試合は4-2くらいで南海のシーズン初勝利で終わったのですが
デビュー戦の清原を写真に撮れた事、
清原の初安打が初ホームランだった事が今でも強く印象に残る
のです。

タイトルが取れなかった選手、清原を「無冠の帝王」と言ったりする方もいるわけですが

Gの持論としては

記録も確かに取る事は素晴らしいですが
記憶に残る選手が一番素晴らしいのです。


吹石一恵さんのお父さんである近鉄の吹石徳一選手が
あの有名な仰木近鉄の初優勝がかかった
ロッテとの1988年10月19日のダブルヘッダーで
2試合目に優勝の希望を繋ぐ現役最後のホームランを打った時に
ハッキリそう思うようになりました。

(残念ながら川崎球場ではなくTVで観てましたが)

素晴らしい記憶を残してくれた引退する選手達に
Gは心から「お疲れ様でした、ありがとう!」
とお伝えしたいですね。


その他の試合の話とかはネタとして機会がある時にでも。

今日も一応、鉛筆画は用意しておきました。

1986年4月5日に放送されてた特撮番組、
土曜日なので戦隊シリーズなんだろうな、
とは思ってましたが
それは超新星フラッシュマンでして
同じ日に登場してたのはコイツでした。

c0040422_894750.jpg


改めて超新星フラッシュマンに登場の獣戦士ザ・サイザーです。

フラッシュマンネタは初めてだな・・・この話は本放送見れなかったし大丈夫かな?

なお、今日も続いてるお知らせ事項は
昨日のクモロイドの記事を参照下さい。


(長文だったので今日も一旦休憩します・・・)

しかし、雨がやみませんね・・・。

ちょっと自信ないですがザ・サイザーの説明をしてみたい
と思います。

敵組織の改造実験帝国メスの清水綋冶氏演じる
ヤプール、じゃなくて久里虫太郎、でもなくて大博士リー・ケフレンは
遺伝子シンセサイザーで遺伝子操作して改造生命体を作る
のですが
似たような能力をこの獣戦士ザ・サイザーは持っており
尻尾の笛で他の生命体を勝手に改造する事ができる。

特に植物を改造する事が得意であり
尻尾の笛を吹くのは萩原さよ子氏演じる
幹部のユリアン、じゃなくて、ダイナピンク、でもなくて
指揮をしているレー・ネフェルが担当してる事が多い。
ただフラッシュマンの愛車フラッシュホークのエンジン音に滅法弱く
笛の効果も無くなり改造した植物なども元に戻ってしまう。

ザ・サイザーのその他の武器は背中のトゲミサイルと笛で操って敵を縛り上げる巨大ツタ。
確か記憶どおりなら前作チェンジマンの宇宙獣士ダロスの着ぐるみの流用だったはず。
(リー・ケフレンやレー・ネフェルが俳優さん流用ではなく)
ちなみに巨大化戦で巨大ロボのフラッシュキングが笛を吹く!シーンがある事で有名。

雨はやみそうにないから、このまま外出するしかないようです・・・
明日は夜勤もありますので今日はこの辺で失礼します。
あー、事情があるとはいえ朝からの記事は眠い・・・。






「病院へ行ってきましたPart135・クモロイドの緊張の糸も少しほぐれ」
「今更ながらYoutube投稿テストしてみます。」
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by gun_gun_G | 2008-10-06 10:17 | 雑談
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