悲劇の投手から栄光の名指導者へ・巨人軍の藤田元司氏逝く

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こんにちは、Gです。今日は水曜で夜勤のため早めのアップです。

Gはこのブログを書くにあたって唯一心残りがあります。それは元近鉄・オリックス監督だった仰木彬氏の訃報を聞いた時に引っ越しやネット不通の関係で記事を掲載できなかった事です。部類の野球好きであるGが訃報を聞いた時はショックだった事は言うまでもありません。仰木氏の西鉄時代の話や名将・三原監督との交流など氏の素晴らしさを時期的に無理だったとはいえ書けなかった事が非常に悔しくてなりません。ただ氏の遺志はオリックスを始めとする野球界の方々に受継がれている事をニュースで見たりするとホッとしたりはしてるんです。

ですから、今回も訃報続きとはなりますがGに書かせてもらいたいのです。伊福部氏の訃報は仕事が終わった後に知ったのですけど、この方の訃報は仕事中に買い物に行ったコンビニのスポーツ紙のコーナーで確認してました。

去る2月9日に元巨人軍監督の藤田元司氏が心不全のため亡くなりました。享年74歳

今日15日がお通夜だそうです。Gの世代としては感慨深いものがあります。Gは今でこそ中日ファンですが「青い稲妻」こと松本外野手が引退した時、いや、近藤投手がデビュー戦で巨人相手にノーヒットノーランをやった姿を見るまでは巨人ファンでした。そりゃそうです。いくら昔は野球を知らないGもあの王選手が現役でホームランをバンバン量産してたのを見てたのですから。父や弟が野球をやってた事もあり自然とTVでプロ野球観戦する事は日常茶飯事でした。水泳一本槍だったGがプロ野球に夢中になりだすのは中学にあがってからくらいだと思いますが、今のプロ野球が面白くないとは言いませんけど当時はかなり面白かった事は確かでした。

しかし藤田監督が就任した当初はGは正直「誰この人?」という気持ちがあったのは本音でした。父に聞くと「いいピッチャーだったが可哀相な人だったなあ」との弁。元南海の杉浦忠投手を尊敬し自らもアマですけど投手の経験がある父がそこまで言うくらいですから「杉浦さんもすごかったらしいけど藤田さんもそんなにすごいのかな?」という素直な疑問がGに生まれまして、多分それからですね、戦前・戦後のプロ野球選手を調べるようになったのは。Gの熱の入れようは日比谷公園の図書館へ行って閉館時間まで本を読み漁るくらいでした。

色々な選手の事を知りました。あの悪役俳優の八名信夫氏やプロゴルファーの尾崎将司氏が元ヤクルトの投手であった事を知ったのもこの頃です。そして知りました、藤田氏がいかにすごい投手であった事を。

昭和32年にデビューした藤田氏はその年の成績は17勝13敗で防御率は2.48。新人王となりました。その後の昭和34年までの間に最優秀防御率2回、最多勝1回、MVP2回、ベストナイン2回を獲得しています。その足腰の強さを示すつま先で立つ独特のフォームから繰り出す投球と正確なコントロール、生前の藤田氏曰く「ホップする球」で次々とタイトルを獲得し、背番号「18」を背負って巨人を優勝へと導いていったのです。ちなみに昭和33年には29勝、翌34年には27勝をあげています。

ところが当時の藤田氏にはあるあだ名みたいなものがありました。「ガンジー」です。その細い体格で投げる姿から来たものらしいですが大学時代でも通算成績31勝ながらエースとしてではありますがチームの優勝経験は無し、日本シリーズに出た巨人は連敗、しかも昭和35年には早くも右肩を痛めてしまいました。実働はわずか8年でした。ここら辺からも父が「可哀相な人」と言った由縁なのでしょう。通算成績119勝88敗、防御率2.40。昭和40年代前半までは今のように選手の数が豊富でないため連投や中1日は当たり前、時にはダブルヘッダーで2試合連続投げる事もありましたから、こういう故障は当時よくあったのです。

長嶋監督退任後を任された藤田氏。ここからはもう「悲劇」という言葉とは無縁となりました。王・長嶋両氏の人気が去った後の巨人を2度リーグ優勝させ、しかも最初の優勝は就任したばかりの昭和56年で日本一へ。王監督に一旦はポストを譲ったものの、その王監督が退任後に復帰、また就任後すぐの昭和63年に巨人を日本一へと導いたのです。

藤田氏はよく「瞬間湯沸機」と言われるくらいの短気で有名でしたが、もうひとつの有名な面がありました。それは「球界の紳士」と呼ばれるくらいのジェントルマンだった事でした。性格は温厚にして人情厚く、頼まれたら絶対に「いや」とは言わない方で若い頃のドッジボールや槍投げなどで肩を鍛え、つま先だけのわらじの履いて足腰を鍛えた経験を生かした指導能力も抜群でした。選手や仲間たちから慕われ解説者になってもいろんなチームの選手たちに熱心な指導をしてらっしゃいました。

・・・まさに巨星が落ちた、そんな感じのGでした。

今回はイラストはどうしようかと思いましたが、つま先立ちという事でたまたまその格好をしていて野球関連のTV特撮キャラのしりょうがありましたので、それにします。

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電子戦隊デンジマン登場のベーダー怪物デッドボーラーです。新作です。って、おい!コントロールがいいといってデッドボールは無いだろう!しかもバッターじゃん!という声も聞こえそうですが実はこのデッドボーラー、鉛の球を時速300kmの速さで投げる事ができるんです!うおー、これがホントの剛速球!手にしている粉砕バットや刃物を仕込んだスパイクが武器で巨大なボールに変身して天井に張り付く事も可能。

このデッドボーラーは骨が砕けるくらい暴力的なベーダー野球の普及のため地球の野球を追放しようとホームラン王の玉木選手を狙って登場、玉木の画寄生時代からの親友でライバルでもあった草間の弟の玉木への誤った怨みを利用しようと企む。草間は過去に玉木の打球を体に受けて一時再起不能までに陥り引退。草間はリハビリで奇跡的に立ち直るが草間の弟は玉木に対してそれを根に持ってる。だが実は玉木はその責任を感じて自分も引退を決意するが草間がそれを止めたという事実が発覚するという、友情を描いたいいお話です。デンジブルーこと青梅がデッドボーラーの球を打とうとするシーンも見所。

デッドボーラーと名前は悪いですが内容はいい話なので藤田氏も喜んでくれればいいなあと思っています。ご冥福をお祈りします。お疲れ様でした、藤田監督。

今回もこれで終わらせたいと思います。
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by gun_gun_G | 2006-02-15 09:12 | 雑談
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