映画音楽の巨匠・伊福部昭氏逝く・ゴジラにおける人間の本質とは

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こんばんは、Gです。今日はバレンタインデーでそのための記事を書こうかと思ってましたがGが自宅で仕事に打ち込んでる最中に訃報を遅ればせながら確認しまして(pulo1さん、ありがとうございます)今回は昨日の宣言とおり追悼記事とします。

去る2月8日に映画音楽家の伊福部昭氏が直腸ガンのために亡くなりました。享年91歳。

映画怪獣には弱いGではありますが伊福部氏の名前は知ってました。あの1954年、昭和29年の「ゴジラ」の音楽で有名でしたから。あの迫力ある定番のテーマ(野球選手のゴジラこと松井のテーマでも使用)も氏によるもので他の東宝怪獣映画の音楽も担当してました。またこれもGは知ってましたが「ビルマの竪琴」や「釈迦」などの音楽でも有名です。特に「ビルマの竪琴」は確か賞を取ってます。毎日関係だったと思います。Gもレンタルビデオ店に働いてるくらいですから、このくらいの知識はありました。

が、幼少の頃はど田舎に住んでて映画はなかなか見られなかった事もあり失礼ながら伊福部氏の知識はそのくらいの浅いものでした。ただ、いつもあるものが無くなると何かさびしいのと同じで伊福部氏の訃報は改めてGの心に突き刺さるものがありました。ああ、あの局は封印されるのか?とか勝手に思ってました。

Gは昨日の通院が早く終わった時に真っ先にバイト先へ向かいました。Gはバイトはお休みではありましたが仕事の納品も兼ねてという事もあるにはあったのですけど「伊福部さんの音楽が聞きたい!」と向かったのです。ゴジラ作品をレンタルしたかったのはもちろんでしたが、もうひとつしておきたい事がありました。

それはバイト先の同僚に伊福部氏の話を聞きたかったのです。彼はGと同期の方ですがレンタルビデオ店勤務経験者であり、また映画には人並みならぬ愛情を持ち、1年で400本以上の映画を鑑賞、ごく一部(のアニメとか特撮以外は全て頭にインプットされている方でしたので、伊福部氏の知識が浅いGに何か教えてくれるかもしれないと考えたのです。ちなみに平成ガメラシリーズを直接薦めてくれたうちの1人も彼なのです。

同期の彼はバイトの忙しい最中でしたが快く話してくれました。伊福部氏の音楽を直接反したのではなく映画「釈迦」についてのお話でした。「釈迦」は実はGは話に聞いただけで見た事が無くレンタルでもなかなか無いので非常に興味がありました。彼が要点をまとめて話したのは

1.「釈迦」は洋画に例えると「十戒」のような非常に重要なポジションの映画である

2.「ベン・ハー」などの大スペクタル映画を日本でできないかチャレンジした傑作である

3.その壮大感を出すために相当数のエキストラを使っている

4.そのエキストラ数は現在では人件費などの関係で事実上、再現は不可能である

5.今まで彼が行ったレンタルビデオ店で「釈迦」を置いてあったところを見た事が無い

6.ビデオは多分、廃盤。今年になってDVD化された

大体このような6つのポイントである。そう、彼はコンピュータは苦手だが、どの映画のビデオが廃盤になってるかまで頭にインプットされてるのである。ただし6については彼曰くアマゾンで要確認という事だったので帰宅したら84年にVHSが一度発売されてるが、こういう映画はよく1回廃盤になった後にレンタル店舗向け再販される事があるので彼の言ってる事はけっして間違いではなかった。どうやら「釈迦」は見ておくべきのようである。

彼も本格的に仕事が忙しくなったのでGはビデオ選び。しかしGのバイト先はガメラはシリーズほぼ揃ってて強いのだがゴジラには弱く平成シリーズのうち4本くらいしかなかった。音楽名義は一応、伊福部氏なので後は作品の質を選ぶために監督を重視。同僚の「東宝の息がかかりすぎてる監督の作品は面白くない可能性が高い」というアドバイスを受け、だったらとGが迷わず選んだのが冒頭のイラストのビオランテである。「ゴジラVSビオランテ」の主たる音楽担当はすぎやまこういち氏と知ってはいたが作品の質の良さは以前に見て知っていたので、あえて選んだのである。ただ帰宅して伊福部氏がその後の「ゴジラVSキングギドラ」あたりから本格的に復帰されてるのを知った時はGの映画怪獣の弱点をつかれた気はしたが。

イラストのビオランテはもちろん新作なのだが、Gが今回非常に力を入れたイラストでして原画の大きさはA4サイズの横幅より広くスキャナで取り込むのに7~8回試さないといけないという代物になってしまいました。

さて話は映画に戻るとして、この映画を再度見て思ったのが「ゴジラはここで原点に一度戻ったんだなあ」という事である。ある意味で、という限定的なものではあるが。1954年に製作されたゴジラはその年の3月に起こった第5福竜丸のビキニ諸島でのアメリカの水爆実験による被爆という事件から反核という事で製作された映画であると事はあまりにも有名である。3回目の核兵器による被爆、原爆マグロなど当時はまさに恐怖の話題であった。終戦からまだ9年目という時期から、その衝撃はなおさらのものであろう。一方、この「ゴジラVSビオランテ」は84年の平成ゴジラの残したゴジラ細胞から始まる遺伝子操作のお話である。なんだかんだで結果、ゴジラの植物版ともいうべきビオランテが誕生するのだが、ここでの2作の共通点は「人類の身勝手さ」というところにある。確かに他のゴジラ作品でも「人間の身勝手さ」は表現されているが、核兵器という地球破壊兵器を作った人類と遺伝子操作という動物の根本を問われる事をやっている人類という表現は「自分たちは神である」かの如くの行動であって、これほど明確にその警笛を鳴らしてるのはゴジラシリーズではこの2作は共通項だとGは思うのである。

このビオランテを見る時、いつも思い出す話がある。1971年の帰ってきたウルトラマンに登場した合成怪獣レオゴンの話である。レオゴンは水野博士が製作したウツボカズラとワニという植物と動物の中間にあたる怪獣である。ビオランテも白神博士がゴジラ細胞とバラをメイン(5年前の開発中に亡くなった娘さんも含まれるが)になってる動物と植物の中間にあたる怪獣である。

ただ両者には大きな違いがある。水野博士はレオゴンが巨大化するのを知ってて製作し弱点を知りながらレオゴンに酔いしれ飲み込まれてしまうのに対し、白神博士は元々は植物が育ちにくい環境に耐える穀物を作るために製作して結果としてそれがビオランテになり、しかも両者の対決が終わった後にやはりゴジラ細胞から作られた核物質を食べるバクテリアでゴジラ撃退用に用いられた抗核バクテリアの量産化を拒否し別行動を取ってたゴジラ細胞を狙う外国のエージェントに殺されるのである。これを読むとおわかりかと思うが白神博士には、まだ人類も捨てたものじゃないなあ、と思わせられるのである。殺されはしたが白神博士は色んな意味で幸せな最期だったと思う。実験はしなくてもいいし、娘さんにまた会えたのだから。

話は伊福部氏から外れてしまって追悼記事のような感じでなくなったが逆に言えば伊福部氏の訃報が無ければゴジラの映画をまた観たいとは思わなかっただろうし、音楽にも触れられなかっただろうし、このように考え直す事が出来なかったと思う。それだけ伊福部氏は日本映画に多大な影響を与え、無くてならないキーパーソンであり、ゴジラがいかに日本の特撮で重要かを再認識させ、氏の音楽と関わった映画は後世まで伝えていかねばならないとGは改めて実感しました。

心よりご冥福をお祈りします。ありがとう、伊福部さん。

今回はこれで終わらせたいと思います。
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by gun_gun_G | 2006-02-14 20:28 | 特撮系
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