Gの病気の7年間を全て書きます・第3章/ヤギ怪人の章

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こんばんは、Gです。昨日までの長々としたGの病気の話にお付き合いいただきありがとうございます。いよいよ最後の第3章です。2001年冬から現在までの流れを一気に書かせてもらいます。では早速、参りましょう。

絵画活動を美術学校以来の再スタートを切ったGはそこそこに展開。無理しない程度に押さえてやってました。「ビギニング・ホワイト展」のメンバーに会ったのもこの頃です。代表者から是非にと誘われ、その自由な雰囲気を気に入り、次の年から参加する事になります。順調に見えたGでしたが、また暗礁に乗り上げてしまいます。バイト先から次々と辞める人間が出てきたのです。理由は様々ですが、Gたちへの仕事の比重が重くなってきたのは言うまでもありません。「第3回ビギニング・ホワイト展」に初参加の後、事態は深刻になります。ドンドン重くなる仕事に体がついていけなくなり、薬が急激に増え始めたのです。また再入院の話が出て、Gは嫌だと蹴り、絵の活動を「ビギニング・ホワイト展」だけに絞り、勤務時間も変更してもらいましたが、更に悪い事にこの時期に担当医が退職してしまったのです。それまでに増えた薬の量は凄まじく、今、記憶の関係で調べてみたら、2年前の当時は1日に37錠もの薬を投与するまでになってました。その状況で担当医が退院してから3人目の医師に移ったのです。しかも、その医師は前任の2人とは違い、いわゆる典型的な精神科医でした。「我慢しなさい」を連発し、調子悪ければ薬を出すだけ。悪い医師とは言いませんが、Gにとっては全然相性の悪い医師でした。薬はさらに6錠増え、1日の投与量は43錠になりました。いくらGが薬に依存していたとはいえ、異常でした。治療のためにやむを得なかったとはいえ、記憶力も悪くなるわけです。そうこうしてる中で、とうとうバイト先の人間関係も悪化、遂に辞めざるを得なくなります。またGは追い詰められてしまいました。何せ肝心の医師が信用できないのです。そこへ入院時の友人が都内の別の病院を紹介してくれました。大学病院をやめて、その病院へ移るか?そう思った時に大学病院の医師のスケジュール表を見て気づきました。入院時に担当してくれてた医師の同僚(後に後輩と分かるが)の医師が、自分の退院後は2人とも人事異動でいなくなっていたのですが、その年の人事異動でこの大学病院へ彼だけ戻ってきていたのです。その医師は入院時にもお見かけしてまして別の患者さんにとても優しく、自分の入院担当の医師と考えが近い事は入院時に知っていました。果たしてこの戻ってきた医師に賭けるか?それとも友人が安心できるという都内の別の病院へ行くか?考えた末、別の病院は最後の切り札で取って置いて、帰ってきた医師に全てを賭けてみよう!Gはその帰ってきた医師に診察してもらいました。事情を話すると、思ったとおりのしっかりとした対応をしてくれ、最後に「ね、大丈夫だったでしょう?」の一言を頂いた。これほどホッとした瞬間はあっただろうか?多分、入院を決めたあの日以来ではないだろうか?その医師が正式に4人目の担当医となり、薬を減らそうという具体的なプランを上げて、およそ1年半をかけて1日の投与の薬の量が43錠から27錠までに減り、担当医の人事異動でその医師がお茶の水の本院へ移る事になり、「一緒に来ないか?」との誘いを受けて、都内のお茶の水へ通院先を変更。そして1年前、つまり去年ですね、その正月までは休んで、それからGの幼少から面倒見てくれた伯父や祖母(Gの精神神経科でボケが治ったあの祖母です)が相次いで亡くなったためにゴールデンウィークまでは、まだGは体調も仕事も不安定だったものの、夏から遂に本格的な就職活動を再開、7月からなんとか受かった契約派遣社員を半年契約で働き、その間に「第4回ビギニング・ホワイト展」も無事に済ませ、初個展の計画なんかも出るくらい順調になり、今年に入って休養、その休養中にこのブログ「ひいろお倶楽部@」が始まり、4人目の担当医が2月に海外留学へ行くために担当医を変更、またもや偶然にもGが入院時の担当医だった医師が再び着任し、Gの正確な病気の名前は「適応障害」である事がやっと分かりました。要するにある一定量の仕事やストレス、感情などがたまると鬱に似た症状になるという事で鬱より軽症である事を改めて知りました。もうすぐ7年目というところであとはブログとおりの流れでいって、現在に至るのです。

これがGの7年間の病気に関する事の流れです。ご理解いただけたでしょうか?ちょっと長くてすみませんでしたが、7年分の事を一気に書くとなると、最低限でもこれだけの事を書かなくてはならなかったのです。

Gは別にこれを書いたから「どうだ、すごいだろう」とかそんな事を言いたいわけではありません。慰めてくれとも言いません。もし言いたい事があるとするならば、以下のことでしょうか。今の世の中は鬱という病気は現代病のように急速にその患者数は増えていってます。「心の風邪」と言われているくらい、いろんな病気のように普通にかかってしまうのが鬱なのです。鬱は人によって様々なパターンがあり、自分のように軽症ですむ人もいれば、あまりの重度のために一生病院暮らしの人や自殺する人もいます。また社会的偏見も根強く残っていて、たとえ優秀な人材であっても、「鬱だ」というだけで就職できない、またはクビになることもあります。それを怖れてひたすら鬱である事を世間一般に隠して生活されてる人もいます。確かに扱いにくい人というイメージはありでしょう。今になってようやくそういう病気が普通なんだという認識が若干ながら出てきているものの、まだまだ鬱である人を除外している面が社会にあることはいうまでもありません。でも、皆同じ人間でして、鬱という持病を持っている、それだけなんです。確かに健常者の人とは感覚の違う人がいる事も否定しませんが、風邪とかと同じように治る可能性もある病気を持っている人なんです。ですから、もし偏見、とはいいませんが敬遠する事は、鬱という病気を知っているならともかく、知らないで違う目で見ている人は、もっと鬱とはどんな病気かを知ってください。そして、鬱などを持っている人も環境さえあれば治るという希望を持ってください。その希望は待っているだけではダメです。追いかけていってください。この追いかける事は欝にとって苦しい事はよく分かります。努力する事が病気を悪化させる事も分かります。しかし、治したいなら、治りたいなら希望を追いかけていってください。軽症のGが言える事はそれだけです。

で、最終章を飾るイラストは仮面ライダーBlackに登場のヤギ怪人。これも薬にやられちゃったとか、自殺を考えたとかで起用した、デビルスパイダー同様、麻薬関連のゴルゴム怪人です。ヤギ怪人は、その角を削ると麻薬になり、それを吸った人間を操る事ができる。まさにデビルスパイダーと同じパターン。しかし、デビルスパイダーと違うのは、いろいろと犯罪を起こさせるという機械的な行動のデビルスパイダーに対し、このヤギ怪人は自らを「ヤギ様」としてあがめさせて国際平和友好会議が開催予定の村を支配するという神秘的な点が、このヤギ怪人の特徴である。いや、ある意味では敵組織ゴルゴムの好むパターンといってもいい。最終的には村人を操って国際友好平和会議で殺人劇を起こそうと企んでいた。だが、その企みもその村から上京してた茜という少女がたまたま仮面ライダーBlackこと南光太郎の義妹(正確には仮面ライダーBlackと同時期に作られたシャドームーンこと秋山信彦の実妹)秋山杏子の友人でおかしな行動を取って故郷へ返された事で南光太郎に疑惑をもたれるのだが。ヤギ怪人はこの他に近距離戦では蹄を使って攻撃する。うーむ、ヤギノイドとは大違いの卑劣な怪人だ。

長々と付き合って頂いてありがとうございました。ドーンと重い空気になってしまいましたが、明日からは通常の営業です。ただ明日はバイトが1日勤務の関係でもしかしたら「ひいろお倶楽部@」をお休みにするかもしれません。記事は用意してますが、念のためにご報告しておきます。全ては明日9日次第ということで。色々な意味でご理解をよろしくお願いします。では、今回はこれにて。

「病院へ行ってきましたPart8・眼科と眼鏡仮面!」
「VDT症候群」
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by gun_gun_G | 2005-10-08 21:44 | 病院系
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