名優・寺島幹夫氏逝く・今日はゲストの方に語って頂きます・・・

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ここでは初めてとなりますな、「ひいろお倶楽部@」の姉妹ブログの1つ、
「プックとポック」で番頭を務めておる、べるく・かっつぇ
である。

今日、私、かっつぇががんがんじい殿に呼ばれたのは他でもない、
この私めに関する事でゲストとして出演要請されたから
である。

「プックとポック」を取り仕切る株式会社ギャラクターの番頭である私は
今回の出張で出来れば忌引きとして頂くべく総裁にお願いをするつもり
であった。

「後生ですのでどうか・・・」

と私が途中まで申し上げたところで総裁が

「・・・御主にしかできん事だ・・・構わぬ・・・行ってくるがよい・・・」

と既に許可を考えて下さってた
ようであった。
丁稚のげるさどらも今回の出張を薦めてくれもうした。
故に私はこうしてここに来る事ができまする。

諸君よ・・・すまぬ・・・。

私がゲストとして呼ばれた理由を私自身から述べる事にしよう・・・。


俳優・声優・演出家の寺島幹夫氏が12月4日に死去されもうした、
享年78歳(満77歳)であった・・・。


がんがんじい殿は6日の鉛筆画のペロリンガ星人の記事を書いた直後に
彼はコメントを頂いた事からtonbori殿の所へ見に行っており、
この寺島殿の訃報を知っておったそうだ・・・。

がんがんじい殿は幼少の折から科学忍者隊ガッチャマンの大ファン
と聞いておる。
当時、カセットテープに放送時の音声を録音したり
続編ガッチャマンⅡのニューゴッドフェニックスの玩具も購入、
関連の資料や書籍も集め、
最近では缶コーヒーのガッチャマンキャンペーンで
当たりのフィギュアを出そうと躍起になって買っておった
そうである。

先日は同じタツノコプロが製作したアニメ「マッハGo!Go!Go!」が元となった
ウシャウスキー監督の映画「Speed Racer」がレンタルに出ただけに
悲しさもひとしおであろう・・・。


故に最も適任と思われる
私、べるく・かっつぇに今回の記事を一任した
のであろう・・・。

私も丁稚のげるさどらも方法は違えどミュータントである。
特に私は女性と男性とを掛け合わせたミュータントである。

当初は女性にしか変装しなかった私であるが
この女性と男性を掛け合わせたミュータントという私の非常に難しい人格を
寺島殿は見事に演じきって頂きもうした。

科学忍者隊どもの好敵手として、ギャラクターの首領としての私は
寺島殿がいなかったら恐らく存在しなかったであろう。

・・・私の存在自体が寺島殿の存在無しには語れない事には
私も深く考えさせられるものであり大きな衝撃であるのだ・・・。


だが、こうして私はアニメでも認知度の高い敵役キャラとして確立し
今でも総裁と丁稚のげるさどらと共に
止まってはいるものの「プックとポック」というブログで

株式会社ギャラクターの下で番頭として働いておる。

そして劇中では最終回では地球が消滅するというブラックホール作戦で
総裁のみがセレクトロ星の危機を知って脱出し
残された私は半狂乱となって自滅の道を歩む
のであるが

寺島殿は総裁と同じく地球から200万光年彼方の
アンドロメダ星雲内にあるセレクトロ星へ旅立ったのであろう。

先日、死去された高野宏一殿と同じなのかも知れぬが
200万光年という長い旅にでてしまったのであろう・・・。

私も自滅という悲劇ではなく
セレクトロ星へ行けるという道が開けたのかも知れぬ。

私、べるく・かっつぇは最後の最後まで寺島殿に救われたのかも知れぬ・・・。


それ故に私たっての希望で「プックとポック」のネームカードで使っている
総裁と私が一緒に写った写真をがんがんじい殿に使わせて頂いた
のである。

かっつぇは寺島殿のお陰で幸せであった、そう感じておる・・・。

寺島殿へのセレクトロ星の無事到着の安否を兼ねて
私、べるく・かっつぇは手を合わせる事にいたす・・・。

む!来たな、科学忍者隊め!

せっかくの忌引きを邪魔されてなるものか!


最後は訃報を知らせて頂いたざんぶろんぞ殿のコメントにあった
私の決め台詞でお別れいたす事にしよう。

「ハッハッハッハッハッ、さらばだ!科学忍者隊の諸君!」

ホーッホッホッホッホッ!

お決まりの逃走していく、べるく・かっつぇであった・・・合掌・・・)






「プックとポック」
「特技監督・高野宏一氏逝く・数多くの映像を残し星の世界へ・・・」
(ペロリンガ星人の鉛筆画ヴァージョン)

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by gun_gun_G | 2008-12-10 13:42 | 雑談
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